産卵の瞬間サケは心臓を止める

海道では秋になると多くのサケが産卵のため河川へ遡上する。産卵場へ到達したサケはreport-0412パートナーをみつけ産卵行動を行い、その後へい死しその一生を終える。 産卵はサケが再生産を行うために最も重要なイベントの一つである。日本で最も一般的なサケ科魚類であるシロザケの産卵行動は、まず、河川へ遡上したメスが産卵に適した場所を探索し、尾びれを使って産卵床を作り上げる。その間オスは求愛行動を行う(産卵床づくりには参加しない)。 産卵床が完成すると口を大きく開けオスが放精、メスが放卵する。産卵が終わるとメスはすぐに尾びれを使って受精卵を埋める。サケ科魚類の産卵行動については行動観察によってかなり多くの研究がなされている。しかし、その一連の行動に伴った生理学的な情報(筋電や心電図など)の取得は難しく、 それらについての研究はあまりなかった。そこで本研究では心電図ロガーを用いてシロザケの産卵行動の一連の流れの中でどのように心拍が変動しているのかを明らかにするために実験を行った。2007年11月に北海道道東の標津川に遡上したシロザケ親魚14尾(オス5尾、メス9尾)に心電図ロガーを装着し、 北海道標津サーモン科学館の産卵水槽内で産卵行動をビデオカメラで記録し、その観察を行った(図1)。

Fig2A11図2は心拍ロガーによって取得された産卵の瞬間における心電図を示している。雌雄ともに産卵時の口開けとほぼ同時に数秒間心停止していた。実はこの現象についてはUematsu et al. (1983)が発信機(VHF-FM)または有線による心拍計測システムを用いた実験により、シロザケ1ペアで心停止が確認されたことを報告している。本研究により心停止はシロザケ全体の生理現象であることが証明された。シロザケ心停止はオス(5.20±0.97 秒:N=5)に比べてメス(7.39±1.61 秒:N=9)のほうが長かった。一般に魚類の心拍変動は自律神経系によって制御されているため、2008年11月に自律神経系の働きを抑制した産卵行動中のシロザケから心電図を導出するために薬理学的研究を行った。具体的には副交感神経系を抑制するために アトロピン(ムスカリン受容体アンタゴニスト)、交感神経系を抑制するためにソタロール(βアドレナリン受容体アンタゴニスト)またはコントロールとしてサケ生理食塩水を投与して産卵行動を観察した。

図3は産卵の瞬間の心電図を示しており、上からFig411副交感神経阻害、交感神経阻害およびコントロールの個体を示している。副交感神経系を阻害した個体(上段)のみで産卵行動時における心停止が観察されなかった。つまり、シロザケの産卵行動時における心停止は副交感神経を介して制御されていることが示唆された。

 

 

 

 

 

 

Makiguchi, Y., Nagata, S., Kojima, T., Ichimura, M., Konno, Y., Murata, H., Ueda, H.
Cardiac Arrest during Gamete Release in Chum Salmon Regulated by the Parasympathetic Nerve System
PLoS ONE
2009
4(6):e5993 [pdf]